援助交際告白-女性編-

私は現在27歳です、15歳の頃から23歳ぐらいまで大金欲しさに援交をしていました。
「汚い女」とか思う人もいると思いますが、その汚い女の末路を聞いて下さい。
 
これは私が援交とは関係ないんですけど、3ヶ月ほど警察の留置所に捕まっていた時の話です。
留置所に入って1ヵ月ぐらいでしょうか?体がすごくだるくなり、食事をする度に吐き気や、寝起きに目眩が頻繁に起
きるようになりました、私は日ごろあまり寝ない方なのにも関わらず、一日中眠たくて生理もずっと遅れていました、
「まさかね・・・」っと思い留置場の担当者の方に頼んで妊娠検査薬を買ってきてもらう事にしました、
 
結果、妊娠してました。
 
援助交際をしている時はもちろんコンドームをつけていましたが、今考えると甘く考えすぎていました、
破れている可能性や男性が針などで穴を開けておく場合などもあるからです。
そんな思いが頭の中をぐるぐると回りました、
留置場にいる時は母親が毎日のように面会に来てくれて、
母は私が援助交際をしている事はもちろん知りませんでした、警察から私が援助交際相手の子供を妊娠している事
を聞いて母は声を出して大泣きしたそうです。
 
妊娠が発覚してから面会に来てくれた時もガラス越しに顔を真っ赤にして大粒の涙を流していました。
私はガラス越しだけど少し手を伸ばせば届くぐらいの距離に腰掛けた母の顔を見る事はできませんでした。
涙を流しながら、本当に小さな声で母が言いました。
 
「○○ちゃん、ごめんねぇ〜お母さん気づいてあげれなくて、ホントにごめんね〜」
 
その言葉を聞いた時、胸が本当に押し潰されるぐらいきつくなって、私も大粒の涙を流しました。
母と私泣きながら二人で相談した結果中絶することになりました。
 
産婦人科にいくと、中絶する前日の夜からは食事も水分もとってはいけませんから、こんな説明をうけました、
母は手術の内容を私以上に担当医に聞いてくれていましたが、麻酔で眠っている間にすぐ終わりますよ、
その一言でした。
手術当日、専用の台みたいな所に寝かさせて、子宮口を広げられ、麻酔を打たれている時、また援交の事を
思い出し後悔しました、意識が薄れていき気がつくと手術は終わっていました。
 
今は留置所からは出て、真面目に仕事をして母と二人で暮らしています、あの時の事は母は話したりしませんが、
私は絶対に忘れませんし、一生後悔していくのだと思います。
 
あの時ガラス越しに涙を流しながら言った母の言葉の意味を私はすべてわかったつもりではありませんが、
自分のしていた援助交際への罪をあの時はじめて感じることができました。
援助交際といもの自体の行為の罪、生んでくれた親への罪、私の目先の欲で生を受け誕生する事なく私が殺して
しまったあの子への罪、取り返しのつかない事ばかりですが、一生かけてその罪を償っていくつもりです。
 
皆様にもあの時の母の、私の、そしてあの子の気持ちが少しでもわかって頂けたらと思います。